今度は「すきやばし 次郎」に行ったときの話。

 

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前回『鮨 水谷』に行ったときの話を書いたので、今度は『すきやばし 次郎』に行ったときの話を。誤解がないようにしたいのだが、私は夜な夜な高い店を渡り歩くキラキラ女子でもなんでもない。むしろ、独身時代も酒が飲めないという致命的な弱点＆美女ではないため、オジサマに誘われるなんていう機会も周りに比べて少なかった。ステーキとコーラが大好きな単なるデカ女（３０代）だ。では、なぜ『すきやばし　次郎』なんていう名店に行ったのかというと、それには理由があった。

 

まだ３０歳そこそこの我々カップルが同店に足を運んだのは2011年3月。そう。東日本大震災の翌週だか翌々週のことだった。日本全土に自粛ムードが流れ、外食なんてとんでもないといった空気がヒシヒシと漂っていたあの頃。私も、会社にあるモニターで流れる津波の様子を見た時は、「もう昨日までの気持ちには戻れない」と強く思ったのを覚えている。しかし、一方で世間の自粛ムードには納得がいかなかった。このまま「ムード」のせいで経済まで冷え込んでいくなんて…。そうして我々は、普段は行けないような高級店に行ってお金を落とそうと思い立った。そういう店はきっと今も毎日店を開けてお客さんを待っているはず。いつもは満席の予約もキャンセルばかりで困っているはず。そう考え、まず電話してみたのが『すきやばし　次郎』だった。いつもなら無謀な当日予約を試みたところ、案の定キャンセルが相次いだようで予約が取れた。ハッキリいって我々には敷居が高すぎる店だが、こうして思わぬ初次郎の機会が訪れることとなった。

 

恐る恐る足を踏み入れると、先客が１組だけいた。ドン小西みたいに派手な出で立ちのオジサマと、これまた派手な茶髪ソバージュの妙齢女子。関西からいらしているようだった。明らかにそういう空気ではないにもかかわらず、酒をちょびちょびやりながら大声で談笑していたオジサマ。一方、黙々と鮨を食べ続ける我々。世間の自粛ムードには疑問だったとはいえ、とてもガハガハ楽しむ気分にはなれなかったのと、そもそも緊張しすぎて会話もロクにできなかったのだ。だって、カウンター内には二郎さんがいて、たくさんのお弟子さんとともに神妙な面持ちでニコリとも笑わずにこちらを見ているんですもの。しかも、ドン小西たちのせいで必要以上に気まずい空気が流れていた。「何の戦いだよ」という雰囲気で一連のコースを食べ終えた我々は（所要時間30分以内／もちろん超美味しかった）、別の席に案内されて甘いメロンをいただいた。そこで初めて次郎さんと会話ができた。

 

やはり、キャンセルが相次いで厳しいと仰っていた。そして、右も左も分からないような若輩者の我々に、心から感謝して下さった。でも、店は絶対に休まない、と力強く語った。出口の外で、我々の姿が見えなくなるまで見送る次郎さんの姿は忘れられない。

 

こうしてみると、記憶に強く残るのは自分のお金で強い意志をもって訪れたときだなあ、と思う。水谷にしても次郎にしても、自分たちで行くと決め、自分たちでお金を払った。上司に連れていってもらった場合、店側もあのように正面から我々と向き合って

くれることはないし、こちらの緊張感も全然違う。残りの人生で『すきやばし　次郎』のような店に行ける機会など、そうそうないだろう。せっかく名店に行くならば、こういった濃い記憶を積み重ねていきたいと強く思う。